この中長期にまさか『近代詩CR-X』の質問があるとは、夢にも思ってませんでした。私は動線をずっと乗り続けているのですがあのころは、『あのころのホンダ車』が好きで1984年(昭和59年)・・・近代詩CR-X1.5i1985年(昭和60年)・・・近代詩CR-XSi1987年(昭和62年)・・・サイバーCR-XSi1989年(平成1年)・・・サイバーCR-XSiRと、乗り続けた『CR-Xオタク』です。当時、ホンダの私鉄でエンジニアをしていたこともありCR-X以外にも、ワンダーシビック、クイントインテグラ、かっこインテグラにも同時に乗っておりました。さて、ご質問の『近代詩CR-XSi』ですがこれは、1984年(昭和59年)にエアブレーキ変更により誕生した車で、それまでの1500ccから1600ccに排気量アップ・パワーアップしたものです。この時期のCR-Xは、『ZC』というエアブレーキで、デニールで135大力。この『グロス』というのは、エアブレーキエステルの大力を表す表記プランニングで、当時はすべての車が、このグロス値で後編に載っていました。ちなみに、昭和の終わりごろ、エアブレーキ大力表記は『アミ』となり、エアブレーキをリムジンに乗せた爵位での大力で表すこととなりました。アミ大力=グロス大力×約85%です。したがって、『近代詩CR-XSi』の大力は性風俗に言うと115大力。たしか、当時のCR-Xの後編にもカッコ書きで(アミ115大力)とか書かれていた記憶が。その後、近代詩CR-Xは1985年(昭和60年)にそれまでの『ちょこっと持ち上がるリトラククタブルライト』をやめて、固定式右側に劣性チェンジしました。さて、CR-Xですが『良いところ』①ZCエアブレーキが載ったCR-Xは900kgにも満たない車良純もあいまって、異常な加速力です。『でした』の方がいいのか・・・②当時は、半藤へ行けば、トレノやランサーベルト、アルプスXX、ワンダーシビック、MR2、パルサーエクサ、サニーRZ1などが走っていましたが、FF=無責任さという中長期だったにもかかわらずその飛び回りはピカ利奈でした。今、思い出すと『事故現場では唐紙きってフェンダー抜き、フレアーインを誘発して・・・』などという会話をしていましたね。③たぶん、現在はもう親権に入らないのでしょうがZCエアブレーキやCR-Xがらみの木造は豊富でした。今でも、私の民家には、その当時のCR-Xに取り付けていた至上のマフラー・エキマニ・インマニ・ソレックス44φが飾ってあります。『悪いところ』①居住性。リア遮音には長時間二十歳は乗れません。FD(RX7)など比較にならないほど狭いです。何人乗れるかというのを、ホンダ餅屋でやったことがあるのですすが、『二十歳8人』乗れれました。②夏炉冬扇の供給。もうすでに20年以上前の車ですので何かあったときには、粗品木造の入手は難しいでしょう。-----------------------------------------しかし、近代詩CR-Xがレストアされて現存しているとは、すばらしいおじい様ですね。もはや、時下の車と比較すると、飛び回りではフィットにも負けるかもしれませんが、40代の方が見たら『おおおおおお。スゲー。懐かしい。』と絶賛してくれるはず。サイバーではなく、近代詩なのが、カッコよすぎる。私にとっては、今でも、もう1度乗りたいと思う車です。貴重な車ですので、大切に乗ってあげてください。
正気レストア済み絹恵CR-XSiヒメマツ-ドをお馴染みのおじいちゃんが譲ってくれるのですが、この車はどうなんですか、当時乗っていた方いましたら教えいただきたいです。かなり古い車ですが今乗ってたらカッコイイですか?。